一浪して東大に合格した凡人が浪人生活を振り返る。【大学受験】

浪人して東大に合格するまで

以下では、僕が現役時(2016)に東大に落ちて、浪人を決意し、1年後(2017)に東大に余裕を持って合格するまでの道のりを、なるべく具体的に記録してあります。赤裸々に振り返ります。

※使用した参考書について、コメントでリクエストがありましたのでこちらの記事にまとめました。ぜひご覧くださいませ。

・浪人して東大に合格するまでのエピソードが書いてあるよ
・成績とか考えてたことが割と赤裸々に書いてあるよ
・長いので時間のあるときにゆっくり読んでね

現役時(2016年2月)

現役時のセンター試験は得点率86%くらいで死亡。775点くらいだったと思う。

もうヤケクソで毎日勉強していた。ひたすら過去問と模試過去問。
センター終了時点では、東大物理は10点/60点くらいしか取れなかった(それでもA判定取ってた自分すごい!!)が、この1ヶ月間ひたすら過去問&模試過去問で演習することによって、なんと35〜45点/60近く安定して取れるように

サトゥー

人間、やればできるもんだ。

さぁ、いよいよ入試本番。

KO受験

東大入試一週間前くらいに東京へ行き、KO理工学部を受験。

KO受験時のホテルの写真。ホテルは武蔵小杉に取った。めっちゃいいとこ。快適すぎて泣いた。
サトゥー

見事合格。イェイ

KO入試は写真を撮るくらいには余裕があった。(出願がギリギリだったので日吉キャンパス受験でした)

KOの合格通知は東大入試直前にくるので、東大受験が終わるまで見ないでおいた。全く対策していなかったが普通にできてしまった。(ここで調子に乗る)
この年は数学が結構難しかったが、他の科目は自己採点でほぼ満点が取れたので、東大入試に向けてかなり自信を持つことができた。

現役時の東大入試

前日は後楽園のホテルに宿泊。部屋が予想外に狭い。

変に緊張して集中できないので、ホテルの部屋でガンガンに音楽かけながら積分の計算練習をする。当時軽くやっていたZ会からの応援メッセージをみて、友人と連絡をとって、普通に疲れて睡眠。

当日の朝は普通に起きた。(睡眠もちゃんと取れたのでよかった…)
後楽園のジョナサンで朝飯を食って、いざ入試会場へ。

本郷三丁目駅を過ぎたあたりから、マスクをつけて、コートを着た受験生が周囲をたくさん歩いていた。
東大の前では、首都圏の予備校講師や、高校の教師たちが受験生を激励するためにものすごい数並んでいた。大学の新歓みたいな数。
僕はとりあえず、モノをくれそうな人に片っ端から話しかけて、キットカットとか鉛筆とかティッシュとか、あと激励の言葉を大量にもらっていた。

初日

国語はもう、ぶっちゃけ捨てつつあった。35点/80点くらい取れれば上出来かな。もちろんそれなりに集中して頑張ったけどね。個人的には2日目が本番だと思っていたので、肩慣らし的なノリで。

数学。正直2完できればいいやと思っていた。
しかし、予想外に簡単で1問目から解けてしまい、スムーズに3完できてしまう。(今思えばこの時点で自分のプランとか、完全に失っていた)
ところが第4問の複素数平面の問題でつまづいてしまい、結局3完で終わり。
結局この第4問が合否を分けたのだった。

2日目

理科。物理はまさかの交流回路。ここで調子に乗り、習得したばかりで慣れない微積分を使って頑張って解く。
化学はオタク並みに知識があった(常に新化学辞典みたいなやつ持ち歩いてた)が、物理で時間取られて、結局メンタルやられて壊滅。

サトゥー

(うわ〜受験ってマジでメンタル大事だわ〜)

英語。会場は「法文2号館」というどデカイ会場で、リスニングの環境が良くなかった印象。
しかも座席の位置もなかなかひどくて。変に反響して聞き取りにくい。何言ってるかわかんない。
結局前半は調子良かったものの、リスニングで心がやられた。

サトゥー

はい、意気消沈。 🥺🥺🥺

受かったとしても落ちたとしても、合格最低点プラマイ5点くらいだろうなぁと。

トボトボと帰りながら、でも「終わったんだ」というすっきり感も残りつつ、地元に帰って遊ぶと決める。

〜合格発表(2016年3月)

狂ったように遊んでいた。

KOは合格していたが、そもそも自分が受験した学科が何をする場所かも知らないまま受験してしまったクソ野郎なので、お金を払わず入学辞退。

高校の卒業式に行って、地元の友達と遊んで、「もし浪人したら」も一応イメージしながら、ただただじっと待ち続けた。あと狂ったようにツムツムしてた。

不合格!もう一年遊べるドン!!

サトゥー

はい、まぁ落ちててもしょうがないよな〜

そんなに大きなショックは受けなかった。

てか、親がめっちゃショック受けてた。
親よ。そこまで東大は甘くないのだ。許してくださいごめんなさい次は絶対受かります。

さて、なんだか実感もわかないので、合格発表を見届けたあとは、現役で受かった高校同期とカラオケに行ってはっちゃけて、一旦いろいろ出し切ってから高校へ報告に。
担任の先生とかるーく話をして、あ〜〜俺落ちたんだなぁ〜〜って思いながら、若干感情を失う。
特に悲しくはなかった (少なくともこの時は) が、感情の起伏がピタッと止まってしまったのだ。(ワロタ)

翌日、成績開示。あと6点だったんだ!

東京大学は残酷な大学だ。

合格者の成績は合格後しばらくしてから通知するのだが、不合格者の成績は基本的に翌日くらいにはわかるようになっている。

さらに、ありがたいことに東大さまは、我々不合格者たちを「ランク付け」までしてくれるのである。不合格上位者は、本当に本当にありがたいことに天下の東京大学さまさまより「A判定」をいただくことができる。

サトゥー

全く嬉しくない。

もちろん僕の家にも開示得点がやってくる。
僕は昼過ぎまで寝ていたので受け取れなかったが、母親が受け取って勝手に見たらしい。

まぁ予想通りだな…

うん、センターちゃんとやっとけばギリギリ受かってたな。センター2週間前から対策はじめたのはバカだった。まぁしょうがない。
手応え通りだし、むしろ実力はちゃんとあるってことだ。

サトゥー

4月からがんばろっと

感情ほぼ0なので
「うわぁ….おっしぃぃぃぃぃ」とか全く思わず、、まぁ、一年間精進します、、という感じで。淡々と生きてた感じ。

あ、ちなみに現役時の成績ですが、模試については ↓ みたいな感じでした。

  • 夏河合OP160くらいで理一C
  • 秋河合OP225くらいで理一A
  • 秋駿台実戦210くらいで理一B(採点ミスがあってそこを加点すればA)

ブログ「一浪東大受験期」スタート

僕は基本的に受験をとことんなめていたので(現役までは)落ちたその日、3月10日に僕の浪人ブログはスタートした。

サトゥー

よっしゃ、1年間勉強して、受験本とか出版してやって、夢の印税生活じゃ〜〜まずは受験ブロガーとして天下に名を知らしめてやるぞ〜〜〜

とことんナメているからこそ生まれる考えだ。(こんな僕も浪人生活を経て随分と謙虚な人間になりました)

奇跡的に当時のブログの魚拓が残ってた…

基本的に勉強の内容記録とか、学習の相談とかに使っていた。(当時コメントくれた皆さんにはマジで救われました、ありがとうございます)

予備校選び

3月は遊びつつも、一応4月からスタートする浪人生活に向けて、予備校に色々話を聞きに行く。

高校は東北で過ごしたので、選択肢としてはこのへん。

  • 河合塾仙台校
  • 駿台仙台校

一応どっちも話を聞きに行くが、河合塾仙台校は現役時から色々お世話になってたのと、寮がかなりヤバそう(=自分を高められそう)だったので、結局河合塾にして、精鋭寮というやつに入ってみることに。

サトゥー

寮生活始まっちゃうし、それまでは1年分ちゃんと遊んどこっと

3月残りは入寮までめちゃくちゃ遊ぶ。まぁ遊びつつも勉強する。
なんで落ちたのか色々考えてみて、これからの1年間の流れを考えながら。

当時の心の拠り所だった「化学の新演習」をひたすらやる。(1日20問くらいやってた気がする)

春。地獄の寮生活スタート。

「精鋭寮」っていうやつに入ることに。

間取りはこんな感じだが、広さは3畳半。しかも机とタンスが無駄にデカイ。ベッドが部屋の半分占めてる…
寮のルールはそれはそれは鬼のように厳しい(携帯禁止など。僕はスマホで勉強していたタイプだったのでこれだけは許せなかった)し、スタッフまじで怖いし。
とにかく僕にとっては色々地獄だった。

サトゥー

門限20時だし!!なんか楽天負けたらスタッフ不機嫌だし!!楽天まじで勝てよなんで負けるんだよふざけんなよ!!

まぁ、これも修行だ…耐えるしかない…受かれば良いんだ。
こうして僕は10代の貴重な1年を受験勉強に捧げる覚悟をしたのであった。

掌握に出会ってから数学がメキメキ伸びる。

この頃友人に勧められてはじめた「入試数学の掌握」という参考書がとてもよかった。

なんというか、自分の既成概念をいい意味でぶっ壊してくれた。この頃は河合塾仙台校の天まで続く自習室こと「スカイエイト」でずーっと勉強してた。

浪人時期の数学の勉強は、基本的に「掌握」と「学コン」と「ハイ理」あたり。
基礎基本は全部 FocusGold でインプットできている自信があったので、特別に重視はせず、河合塾の予習が全部できているかどうかで判断していた。

実際ほぼ全てできたのでガッツリやる必要はなかった。

4月上旬:寮生活怖いよ〜🥺

地獄の寮生活が本格的にスタート。なんか毎日めっちゃ怒られるし…近くの川沿いをランニングしに行っただけで遊んでるとか怒鳴られるし。。
もう色々とお先真っ暗。絶望しかなかった。しかも、寮では「東大志望」と話すと、なぜか周囲から「すげぇ」の声。

サトゥー

あれ、精鋭寮じゃなかったっけ…?

基本的に寮では積極的に友人は作らなかった。(正確にいうと普通に寮の友人には恵まれたが、会ったら話したり勉強の相談に乗ってあげる程度で、それ以上深くは関わらなかった)

サトゥー

所詮「落ちた」人間なのか…(🪃)

一人だけいいライバルがいたので良かったが、部屋も狭いし、なんかスタッフくそ怖いし。。
まぁ軽く病みますわ…

流石に自分の生きる意味とか、なんか病んでる人が考えそうなことランキング上位に入ってそうなやつについて、自分もあれこれと考えはじめた。
当時の僕はろくに読書もしてこなかった人間だったので、先人の知恵などなかったし、生きる意味なんてよくわからないし考えたこともなかった。

人生初の挫折を実感。

夕食後は部屋から出られないので、必然的に19時から寝るまでは一人で過ごすことになる。いろいろ考える。精神的にしんどくなってくる。寮から解放される昼の間、高校の友人に色々相談できたおかげで、なんとかやっていけたって感じだった。

相変わらず勉強だけは、黙々と淡々と、仙人のごとくしていたし、春季講習の類は一切受けずに一人で部屋にこもってずーーっと勉強していた。

おかげさまで今はメンタル強くなったよ。なんか悟れたし。

↓当時のブログ

クッソ病んでるやないか…www

4月中旬:河合塾で基礎シリーズ授業スタート

流石に病んでばっかりいられないので、病むだけ病んでからは気持ち切り替えて、

どうやったら100%東大に合格できるのか

ただこれだけをひたすら考えた。

感情を失った自分にとっては、成績という数字だけの世界に居続けるのも難しくはなかった。というかむしろ快適だった。

おかげさまで18歳の春夏は勉強の記憶しかない。

河合塾の授業は結構いいらしいと聞いていたが、個人的には物足りずにがっかりな授業だった。

なんか適当に受けたテストでいきなりクラス2位なっちゃうし、全然授業中も手応え感じないし、Tテキスト(仙台校では最難とされたテキスト)が難しいっていう噂を聞いていたのに、、理数系はちょっとガッカリの内容だった。

もらってから2週間程度でテキストの内容は全部終わらせて、あとは自学に努めていた。

仙台校は張り紙がとても怖かった

英語と国語は予備校のテキストと授業の内容で十分満足だったが、数学と物理はは物足りなかったので、テキストをちゃっちゃとやって、自学していた。化学のテキストはまぁまぁよかったのを覚えている。

基本的に予備校のテキストは最低限こなしつつ、理系科目については自分でいろいろ調べながら勉強するのにハマっていた。

ただ、仙台校では「数学道場」と呼ばれる独自のイベントを開催していたり、添削がものすごく豊富で、先生の対応もチューターの対応も非常に厚く、そこに関しては僕の受験勉強に大いに役立った。

河合塾仙台校は良くも悪くも形式を大事にしているイメージがある。昼はみんなで仲良く自習する時間をとるし、授業は出席必須。そしてみんな良くも悪くも「真面目」なので、ほとんどの人はちゃんと出席するし、先生の話は全部真面目に聞く。

『良くも悪くも真面目』というのは、周りの環境に流されないタイプの人なら、時としてその真面目さが邪魔になるという意味では悪くもはたらくし、そうでないなら周囲に感化されて勉強に努める事ができるという点では良いということで。

ただ、僕は流石に浪人してここまで受動的なのはやばいと(自分なりに)思っていたので、自分に必要なことをひたすら考えて、その時その時を最も充実した時間にするための方法を考え続けた。

だから聞く必要のない講師の授業は後ろに座って、BGM程度に聞き流しながら学コンを考えたり、スマホで変な数学の定理を見つけては一人でニヤニヤしていた。きもい

あと、自分でよく数学の問題を作っていた。(そしたら受験したKO医学部の数学でまさかのドンピシャ的中。これはシビれたね。)結構楽しかった。数学の模試とか解答解説講評とかを見よう見まねで自分なりに作って、7回分くらい作った。

また、友人に感化されてこの頃読書を始めます。先人の思想に触れてしまい、どハマりしてしまいます。まぁおかげさまで、センター小説なんとかなる程度には感情を取り戻しました。

受験生諸君、読書はいいぞ。

2016年夏:「東京」「大阪」という新しい世界

基礎シリーズ(夏休みまで)はひたすら自分で、試行錯誤しながら勉強をしていた。

6月の東進東大模試、夏の東大OPでは思うようにいかず、苦戦した。
(230~240点くらい。当時の目標が250点だったので結構泣いた。)

探してみたら東進のやつあった↓

東進東大本番レベル模試の結果

ただ、駿台実践は理ⅢA判定だったし、代ゼミの東大模試も250いったので、いい感じに成長できているなという実感はあった。

いつも通りブログを更新していたある日、コメントで「大阪や東京に出て講習や模試を受けるといい」というアドバイスをいただき、色々とオススメの講座を教えてもらって、駿台上本町の「エクストラ数学」という講座を受講した。
(受講資格が駿台実戦で東大Aだったが、申し込み当時はAじゃなかったのでダメもとでお願いしたらなんとかなった。やってみるもんだね)

自分がとった夏期講習は3つ程度だったような記憶。

  • 駿台上本町のエクストラ数学
  • 河合塾本郷の東大物理
  • 河合塾仙台の東大国語

あとはひたすら自習。一応時期ごとに目標を立てて勉強していたので、夏休みはかなり自主的に進捗を生むことができた。

エクストラ数学を受けに、一人大阪へ。

一人で大阪、上本町へ。

正直、地獄の寮から出たかったという思いがずっとあった。

サトゥー

だって高校卒業したのに 20 時以降遊べないなんてやだよ!!

ポケモンGOもリオ五輪もあるのに、なんでこんなに拘束されんのよ!!

現実逃避としての夏期講習だった。

講習の座席表。駿台のシステム初めてだからよくわからないし、周りはエリート現役ばっかりだった。
エクストラ数学自体は、得られるものが本当に多い講座だった。

どうでもいいけど、この頃 POKEMON GO がマジで流行ってて結構辛かった。上本町周辺でも明らかにポケモンしてる浪人生がうろついてた。一度 DL しかけたけど秒で消した。エライ俺。

「苑田先生」に会いに、本郷校へ。

駿台の講習後は、一度仙台の寮に帰り、今度は「苑田先生」に会うために河合塾本郷校へ。これが僕を大きく変えた。

泊まったのは受験の時と同じ後楽園のホテル。当時の自分を思い出しながら、確実に自分は伸びているんだと実感。

空き時間には東大本郷キャンパスへ。なんかやる気出た。

苑田先生との出会い「お話にならない。論外。」

この男との出会いは本当に衝撃的なものだった。

僕は田舎者。テレビによく映る彼を「有名人」とみなしていたので、初めて生でみたときは流石にニヤニヤしてしまった。授業開始から15分くらいは不思議な感覚だった。

サトゥー

(この人、本当に存在するんだ…!!)

サトゥー

(サングラスかけたままサンドイッチ食べてる…!)

サトゥー

(意外とスリム…!!)

サトゥー

(ジョーク言ったあとに顔赤くなるのかわいい…!!!)

さて、「東大物理」の講義スタート。
うん、、、いきなり理解不能。

sonoda

この問題は式変形も一瞬でできないと論外。

sonoda

今年の東大の力学は満点以外お話にならないわけで

sonoda

ほらこの問題、皆さんは(1)の時点で最後まで見えてないといけないわけですよ

見るからにアンダーグラウンドな容姿から発せられる言葉の一つ一つが僕に突き刺さる。

かなり衝撃を受けた。
この人、本当にこういうこと言うのか…なんか色々と衝撃だった。カルチャーショックというか、これを当たり前とする本郷の奴らレベル高すぎでしょって。

講義が終わった後、絶対このままじゃダメだって感じた僕は、すぐさま本郷校のスタッフに相談した。本郷校のスタッフさんは僕の相談を親身になって聞いてくれたので、かなり建設的に自分の受験についてなどの話し合いをすることができた。

相談した時にもらった資料。ここに写っている先生方にも後々死ぬほどお世話になった。
夏期講習は5日間あったが、そのうち3日間くらい、講習後に相談してもらってた。めちゃくちゃ色々相談して決めた。

結局、夏期講習終了後、一旦仙台の寮に戻り、僕はすぐに本郷行きを決めた。

ブログの読者さんも色々と相談に乗ってくれたおかげで決断できた。仙台校のスタッフさんには、なんか止められそうだったので決めるまで相談しなかった。

サトゥー

ここまで言っといてあれですが僕は仙台大好きです。ベガルタも楽天もOhバンデスもぼんやり〜ぬも大好きです。

あの地獄の寮を出られるというのも、本郷行きを決める要因となった。(今となっては世の中の理不尽さを身を以て体験できたことに感謝すらしているが)

親をなんとか説得して、なんとか東京に一人暮らしをすることに。
出会いにも色々恵まれて、「絶対に今年合格する」という条件で、受験勉強をする人間にしてはめちゃくちゃいい部屋に住むこともできた。

サトゥー

これ、もし落ちてたら今頃本当にどうなってたんだろうね…死んでたんじゃねぇか…

さて、ここから河合塾本郷校Lifeスタート。

秋2016年9月〜:河合塾本郷校へ。またまた衝撃だらけ。

そんな感じで本郷校での生活が始まる。
本郷校では「プレミアム東大理類コース(通称プレ理)」という、おそらく一番上のクラスに在籍。
本郷校の主なコースとして、プレミアム東大理類コースとハイパー東大理類コースがあります。(もちろんもっと下もありますが、当時の選択肢になかったので覚えていません)

プレミアム東大理類コースは、首都圏でも河合塾本郷校にしかないコースで、数学と化学はSEGという理数専門塾が教材作成から授業まで全部担当します。SEGの先生は大学への数学とかも書いてて、めちゃくちゃユニークで面白い授業が印象的でした。あとは物理の苑田先生の授業が、毎週受けられます(相当ハードです、ほんとに)。

ハイパー東大理類コースは、理系科目については「ハイパー東大理類数学」みたいなテキストを使用し、文系科目は必修ではないという、なんか大学生みたいなカリキュラム。自分のペースで勉強ができる人にとってはこちらの方が都合がいいかもしれません。授業が少ない分、授業料も他のコースと比較して安く済みます。

仙台では結構ダントツでトップだった自信があったけれど、東京に来る時にチューターの方から「君は上位3割が限界」と言われてしまった。
まじか。そんなレベル高いのか。もうワクワクが止まらない。
先生もやっぱり質が違う。こっちの講師はみんな、「受験のプロ」って感じで。ちゃんと確立されたノウハウだったり、受験裏話だったり色々喋ってくれて、とにかく楽しかった。

東大受験というある種の競技を攻略するうえでは最高の環境が整っていた。仙台校では一番上のクラスが使っていた「Tテキスト」なるものも、本郷校では下のクラスが使うものに。

サトゥー

やべぇ、T より上ってあったんだ…

僕はそんなことすら知らなかったのだ。夏までは。

テキスト、マジでレベル高いし。やっててめちゃくちゃ楽しい。
校舎の雰囲気もいい意味で(僕にとっては)自由で。受けない授業は受けなくていい感じで。
本当に「受かればあとはOK」みたいな空気が僕には合っていた。

仙台でやっていたような「お昼勉強タイム」もないし、仙台では休み時間もみんなせっせと勉強していたのに、本郷のプレミアムコースは動物園のようになっていた。

それなのに、この人たち、なんかマジで頭いいんだよね。
気づいたらラサールやら麻布やら、僕には縁のないような世界の人々の中で勉強をしていた。

早くみんなに追いつきたい。夏までの遅れを取り戻したい。その一心でひたすら勉強した。

おかげで僕の成績はバカみたいに上がった。
「君は上位3割が限界」と言われていたが、クラスでTOP5には入れた。チューターも驚いていた。
ただ、嬉しかったかというとそうでもなく。自分の頭には「どうやったら100%東大合格できるか?」しかなかったから。ホントに。
それっくらい覚悟してこの1年を過ごしているんだ。

自分の負けをしっかり受け入れて、弱い自分としっかり向き合ってきたんだと。

秋模試で理三A判定まで。完全に合格を射程圏内に捉えた。

秋模試は全ていい感じで。どれも合計点270~300点で安定していた。

河合塾東大オープンA判定
駿台東大実戦模試東大理三A判定

駿台実戦では数学で偏差値111.3という超人的な記録を打ち立てた。流石に興奮した。

数学偏差値111.3

十分理一は合格できる点数。
でも、苑田先生の授業についていけるかというとそうでもなかった。毎週水曜、昼から寝るまでの時間は全て苑田先生の授業の理解のために費やした。
自分の頭でうんうん考えることの重要性を学んだ。
苑田先生の授業は本当に難解だった(少なくとも高校生高卒生にとって)が、理解できた瞬間は、世界が一気に広がるような快感があって、それがたまらなかった。

当時は慶應医学部も一応受験する予定だったので、全統医進模試というのも受けていた。

河合塾全統医進模試結果

小論文が絶望的に低いので出来はかなり悪くなってしまったが、しっかりA判定も取れた。

サトゥー

てか小論文ってむずくね?

冬(2017年あけおめ):センター対策は誰とも会話せず、仙人のごとく。

正直、僕には当時やってたブログがあったので、日常生活であまり人と会話しなくとも、強い孤独感は感じなかった。

おかげで年末年始は、センター試験まで本当に誰とも会話せずに過ごした。2017年初の人との会話が、センター二日目の朝、応援に来てくれた友人との会話だった(今では持ちネタ)。

それまではひたすらセンターの演習。過去問をただ黙々とやり続けた。
朝起きて、過去問やって、飯食って、過去問やって、バッティングセンター行って、過去問やって、飯食って、過去問やって、寝る。
そんな生活を2~3週間くらい繰り返した。おかげでセンターは圧倒的な自信を持って臨むことができた。

つづきはこちら↓

この記事を書いた人

サトゥー

東京大学で教養の海に溺れています。