「自分らしい違和感」が欲しいと感じる、今日このごろ

いろいろな本やインターネットを通して、普遍的なデザインの知識が出回るようになり、いわゆる才能がない人でも、経験と言語化を通して「デザインセンス」と呼ばれるものを磨くことができるようになってきました。僕もその一人です。

例えばこんな本を読めば、「透明感」「遊び心」「フレッシュさ」「サイバー感」なんかが細かく言語化されているわけです。

また、モバイルアプリなんかは特にそうなんですが、インターネット上に実装されるアプリのデザインはかなり細かいルールが決まっています。例えば Apple の Human Interface Guidelines や Google の Material Design など。
おかげで、モバイルアプリの UI はかなり似たような(よく言えば使い慣れた、悪く言ってしまえばやや没個性的な)ものになってしまう傾向があります。

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仕事としてアプリを作ったり、チームでアプリを作ったりするときにはこのような規格化された UI は生産性を高める良いものになります。
そして、インターフェースとしてのデザインは(ブランディングの側面を抜きにすれば)「透明」であることが求められるので、普遍的で使いやすく、画一的なものが採用されることは不思議なことではありません。

ただ、これに個人レベルで変に慣れてしまうと、なんだか「自分らしさ」が見失われてしまうなぁ、と感じるようになってきました。
自分だから出せる違和感や気持ち悪さ、それによって伝わる印象や効果をもっと探求していきたい。それがデザイナーとしての自分のアイデンティティになるのかもしれません。

さらにさらに。今はロゴだって無料で自動生成してくれるサイトがあるわけで、今後はデザイン制作の作業も自動化される領域がどんどん広がっていくでしょう。LayoutGAN (Li et al. 2019) のようなグラフィックレイアウト自動生成の研究や、Scout (Swearngin et al. 2020) のような UI デザインの作業に役立つ自動化ツールの研究などもあります。
DALL·E (OPEN AI 2021) はテキストから画像を生成するというもので、クリエイティブという言語化・定式化しにくい分野にも Neural Network を駆使してアプローチしてきています。
「AI に仕事を奪われる」は言いすぎですが、機械によってカンタンに代替されてしまうようなものが現在のデザイン作業の中には多いのも理解できます。

で、そんな時代だからこそ、機械には出しにくい自分らしい違和感や気持ち悪さを探求していく必要があるなぁ、と強く感じる今日このごろなわけです。

ありがたい(?)ことに、僕が作成するデザインには若干「僕らしさ」があるようです。(自分は無自覚だが、友達が見たら結構わかるらしい)
これは「洗練されていない」「垢抜けていない」と捉えることもできますが、僕はこの「自分らしい違和感」を大切にしつつ、今後も尖らせていきたいと考えています。

僕なりの機械へのささやかな抵抗です。自分がデザインする理由や必然性が欲しいというわがままなのかもしれません。これが良い考え方なのかどうかは分かりませんが、少なくとも自分の考えを深める上では、もう少しじっくり考えて向き合ってもよさそうなテーマに感じます。


というかそもそも、お作法や知識には基本的に理由や背景があるわけですから、それらも含めて理解し、自分のアウトプットとして再構築する必要があるということなのかもしれませんね。
ハガレンで言う「理解、分解、再構築」ですね。錬金術の基本。

この記事を書いた人

サトゥー

東京大学で教養の海に溺れています。